被災地復興支援車椅子メンテナンスIN熊本その①

熊本で起きた地震では、東北で起こった地震と津波による被害や、阪神大震災と比較すると、死者の数が少ないからか、震度レベルは同程度であったにも関わらず、復興状況のニュースの回数や義援金の呼びかけ回数等をみると、注目度が低いような気がする。

 

東北の復興支援車椅子メンテナンスを五年間続け、支援メンテナンスで訪問できる施設が全て一回りしたこともあり、2017年度の復興支援は熊本での開催となった。

 

今回訪問した三ヵ所の特養施設に行く道中、建物の土台部分だけが残った状況や、道路が地滑りしビニールハウスがひしゃげたまま放置されている状態もみた。

実は、熊本在住の友人がいるため、屋根の瓦が落ちたりずれたりしていることで、雨漏りする家屋の被害や、墓石が軒並み倒れていること、未だにプレハブ仮設に住んでいる人もいることなどを、以前から聞いていたため、もっと酷い状態を想像していた。

 

正直、実際に現地に行くと、未だに生活上困っている人達がいると知っているにも関わらず、東北の時の津波被害の爪痕のようなショッキングな感覚はなかった。

人が密集するエリアでの、目立った建物被害が見当たらなかったからだと思う。

 

今回は、三ヵ所の施設の合計で320台の車椅子メンテナンスを一日半で行ってきた。

東北であったような、明らかに潮水を被ったような車椅子はなかったが、タイヤに空気が入っていない、前輪キャスターの車軸に髪の毛やゴミがからみついて車輪が回らない、制動用ブレーキが効いていないという一般的な状況は、同じだった。

 

気になったのは、今回の復興支援訪問の直前に、どこかの高校が「ボランティア」と称して、汚れている車椅子を屋外に出して、ホースで水をかけて汚れをおとす作業をしたということだった。

単純に水をかけただけなので、車椅子のパイプ内側に水が残りサビにつながったり、中途半端に流した汚れがパーツの内側に浸透し、ベアリングが潰れてしまっていたりしている機体も多数あった。

 

「ボランティア」は、有償であれ無償であれ、善意を基本としているのだが、悪意がないからこそ、真剣に取り組むべきだと思う。

真剣に取り組むということは、行う行為に対して責任を持つということだと思う。無償で悪意がなければ、何をしても構わないというのは、ボランティアとして、核が欠けていると思う。

先述の、高校生が行った水かけは、辛辣な言い方になってしまうが、自己満足のボランティアであって、責任をもって行ったボランティアとは言えない。

車椅子に水をかけて、適切な拭き取りと乾燥をおろそかにすることで、機体にどのような影響をおよぼすのかを考えることなく行ったのだから、自分が行った行動による結果について熟考しないことによる責任は、「悪意のないボランティア」としか言いようがない。

車椅子が汚れたら、水をかけて汚れを洗い流す方法を通常業務として行っている施設が、「一般的」といってよいのではないかと思える程、多いのも事実なので、今回のこの話が、高校生が水かけを提案したのか、施設から「水をかけて洗い流して欲しい」と言ったのかはわからない。

頼まれた通りのことを行ったのだとしても、実行した側に非が無いとはならないと思う。

 

東北で復興支援メンテナンスボランティアを行った時の初年度に、無償でメンテナンスをして回ったことで、「ただでさえ現地で仕事がなくなった状態なのに、さらに仕事を奪うのか」といった非難を受けたことがある。

被災後の地元の人にとっては、当然の意見だと思う。

施設にとっては、無料でメンテナンスしてもらえて、車椅子の利用者も安心して使用できるようになるのだから、ありがたいという発想でしかなかったのではないかと思う。

我々復興支援チームとしては、被災後の現地ではメンテナンスどころではないだろうし、車椅子が生活の足になっている人にとっては、とても困っているだろうという発想だった。

この両者に悪意は存在しない。

 

この時点で、実際にメンテナンスを生業として営んでいた業者が「仕事を奪うな」と言ってきたのかということはさておき、本来であれば、「地元の事業所を集めて、その事業所職員にメンテナンスの技術を指導し、その後に一緒に同行する」という手法が、本来の正しい「復興支援」だったのかもしれない。

 

良かれと思って行う行為が、「悪意の無いボランティア」にならないように、考え得る関連する全てと結果を十分に考えて行動しなければ、思慮の浅さからくる二次障害になり得るということを、改めて考えさせられた。

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