めちゃくちゃカッコイイ先生

今の職種の業務内容なのか、職場としての立ち位置なのかはさておき、俗な言い方だが「偉い人」と接する機会が、増えているように感じる今日この頃。

大企業の経営者や営業等の本部長クラスの方達は、以前から機会はあったが、今は国の方針に直接関わる方達や、業界に多大な影響力を持つ方達との接点が増えている。

その中で、先日、過去にも何度もお会いし、会議等の場でお話させていただいていた、兵庫県立総合リハビリテーションセンターの澤村誠志名誉院長と、ほぼマンツーマンで移動時の車中を含め、同行させて頂いた時に感心した内容を皆さんにもお伝えしたい。

澤村先生の個人の功績は、日本において非常に大きく、このブログ記事などでは書ききれないので、興味を持たれた方は、先生の個人名で検索してもらえば、論文に限らず、様々な内容がヒットするので、そちらを観ていただきたい。

そんな「凄い人」と同行している間、こちらがお願いしている事業についての詳細説明をさせていただいたのだが、そもそもその同行自体、先生が「自分が無知なので、現場をみさせてもらいたい」とご自身で希望されたことで実現したことでもある。
そんな、いきさつでの同行中、私の説明を、わざわざメモをとって、その内容についてさらに質問をされるという、その「学ぶ姿勢」に、私は衝撃的な感銘を受けた。

常に謙虚な姿勢でおられるとは言うものの、医学界では日本の第一人者でいらっしゃるのだから、周囲が礼を尽くすのは当たり前なのに、それを当然とせず、一人一人に真摯に向き合い、何かで関わると、必ず先生から握手を求めてこられながら、「ありがとう」とおっしゃる。
「人格者」とは、こういう人のことを言うのだと思ってしまう言動を、極々自然体でなされている。

※ここからは、あくまで私個人の価値観です※
正直な話、私自身は、「権威」というものが嫌いである。
また、それを笠に着て、上から目線で物を言う人も嫌いなので、基本的には(社会人の一般的な敬語の使用は行うが)へりくだるつもりは一切ないという厄介な性分。
ついでにいうと、実力も知識もないにも関わらず、知らないことを知っているふりをする人間は、さらに輪をかけて嫌いなので、一般社会ではどうにも生きにくくて仕方ない。

異なる職種のプロ同士であれば、それぞれの領域に対して詳しくても、自分の領域以外に関しては、該当するプロと比べれば未熟であるのは当たり前だと思う。
しかし、異なる職種のプロに対して、知識が無い状態で横柄なスタンスでいる人も多く、そんな人は権威に酔っているだけの愚者だと思っている。
それが無意味だというつもりはないが、資格や職位にしがみついている人に、そんな人が多いような気がする。

資本主義社会の日本では、職位=給与に直結しているので、一旦上がった職位を、その職位に求める業務を自分が全うできないから、職位を下げてくれということは、「給与を下げて欲しい」と同義語でもあり、そんなことを自ら言うような奇特な人は、「奇特」というだけあって、ほぼいないように思う。
だったら、本音がどうかは二の次にしてでも、その給与に見合う言動をしろよと思うことが多い。

仕事においては、それぞれの領域に対して、それぞれがプロであることを望みたいので、職位や職種の如何を問わず、社会一般的に求められると(個人的にだが)考えている知識や行動にレベル的に全く至らない人が、その立ち位置にいると、「この人は、そのレベルで、その立ち位置にいて、恥ずかしいという感情がないから、辞任しないのだろうなぁ」と思ってしまう。
年齢や経験年数だけで居座っている「老害」はどこにでもいるんだなぁと、苛立つ。

そんな風に日々感じることも多い中、話は戻って澤村先生の件。

もともと、いろんな分野の人から尊敬されている以上に、「慕われている」ことの理由が、自身の信念をもった言動をされていることはもとより、日本の医療に対する功績に加え、人当たりの柔らかさと謙虚な姿勢なのだろうと感じてはいたが、今回目の当たりにした、「学ぶ姿勢」。
「知らないことは知らない」で終わらず、「知らないので、学びたいから教えてほしい」と、あの立ち位置で、普通に言える格好良さに、強烈にしびれたという体験をした。
ちなみに、澤村先生に直接関連してきたような方達は、その「学ぶ姿勢」が出来ている方達ばかりで、一緒にお仕事をさせていただくと、とても有意義な時間を過ごせていると本気で感じることばかりである。

自分も、そんな「学ぶ姿勢」を常に持ち続けていたいと、改めて考えさせられた、とっても素敵な一日だった。

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